「奉仕活動を通じた平和構築の可能性」

2012-13年度国際ロータリー会長  田中 作次

2016年12月23日行われた「奉仕を通じて実現する平和構築シンポジウム」(東京武蔵野ロータリークラブ創立60周年記念事業)の基調講演の原稿を田中元RI会長のご厚意により掲載します。

私の世代は、戦後に日本で育った最初の世代です。平和を重視するのは当然のことだと思います。自らの国の軍国主義の結末を経験した私たちの世代は、日本が平和を選ぶ大きな決断をした結果、目覚ましい経済発展を遂げていくのも目にしました。 この決断があってこそ、日本は成長と繁栄を遂げることができたのです。そのおかげで、子どもたちの世代が安全な環境で成長し、教育を受け、暮らしを向上させることができたのです。また、この決断によって他の国や文化に対する日本人の見方は根本的に変わりました。日本人は心を開き、寛容になり、もっと深く世界を理解するようになりました。

さらに、平和を選択したことによって、私たちは前向きな目標に力を注ぐことができるようになりました。 個人のニーズより社会のニーズを重視するのは、日本の文化と切り離せない、伝統的な価値観です。2011年3月に起こった大地震と災害後、数週間、数か月間、私たちが生き延び、復興に努力できたのも、この価値感があったからです。これは、日本以外の国々にとっても、良い教訓であると思います。

他者のニーズが、自分自身のニーズよりも大切だと思い、社会全体のための共通の目標に向かって力を合わせることができるようになれば、すべてが変わるのです。世界との関わり方が変わります。何を優先するのかが変わります。そして、平和の概念をどのように理解するのかが変わります。2012〜13年度には私は国際ロータリー会長として、「平和」が私たちの焦点であり、目標として120万人以上の世界のロータリアン皆さんには、「奉仕を通じて平和を」もたらすため、積極的に活動していただくようお願いいたしました。

ロータリーの中核にあるのは、奉仕の力に対する信念です。奉仕を優先することで、自分よりも他者のニーズが優先され、人々が抱える困難に対し、深い同情の心が生まれます。自分の時間やリソースを惜しみなく与え、新しい考え方に対してもさらに心を開くことができます。他人を変えようとするのではなく、すべての人やものから学ぶことがあると認識することです。

奉仕を通じて、私たちは、互いの違いに対して寛容になり、周囲の人に対して感謝の気持ちを抱くようになるでしょう。そして、もっと相手を理解し、あらゆる人の中に善を見いだすことができるでしょう。こうした理解から生まれる他者への尊重の気持ちが、平和な暮らしをもたらすのだと思います。

国際理解、親善、平和の推進は、ロータリー運動の礎(いしずえ)です。200以上の国と地域でロータリーが活発に活動し、その存在感を示すことは、「奉仕を通じて平和を」築く世界的リーダーとしてのロータリーの存在を確立するためにも重要です。ロータリーは、その歴史の中で、これらの分野において多くの功績を残してきました。しかし、将来にも目を向け、ロータリーの未来と世界平和の進展が今日の若者たちにかかっていることを認識する必要があります。より良い世界を後世に残していくには、意義ある活動に若者たちに参加してもらい、将来に向けてロータリーの平和構築運動を続けていくための力を与えなければなりません。

2012-13年度、私は国際ロータリー会長として3回にわたり「ロータリー世界平和フォーラム」を開催しました。それぞれ3日間のフォーラムでは、ロータリアンや地域のリーダーとともに平和への決意を固めました。ベルリンでのフォーラムは「民主主義と自由」という価値をテーマとし、ホノルルと広島でのフォーラムは「若者」に焦点を当て、ローターアクター、インターアクター、青少年交換学生、ライラリアン、国際親善奨学生、ロータリー平和フェロー、学友、若きロータリアンのリーダーなど、新世代プログラムの参加者を交えて行いました。5百以上の世界の全地区から少なくとも2名の若者が出席できるよう、各地区に援助していただけることをお願いしました。また、相互に対話が可能な中継放送を通じて、遠隔地よりフォーラムに参加できる機会も設けました。

2012-13年度、クラブと地区は、さまざまな方法によって地元で「奉仕を通じて平和を」推進することができました。以下の推奨活動の中にある活動を行い、平和をクラブと地区の奉仕活動の優先の一つとしていただけるようお願いし、地区ガバナーは、地区大会での討論の主な主題として、平和を取り上げるよう奨励いたしました。また以下の項目についても各地区やクラブで取り上げるようお願いしました。

  1. 2月23日は世界理解と平和の日ですが今から111年前初のロータリー・クラブ会合の記念日に併せて平和活動の計画を検討する。
  2. クラブや地区の平和フォーラムを開催する件:各地域で平和フォーラムを開き、ロータリアンではない市民も招きます。
  3. 地元自治体をはじめとする地域団体と協力し、公共イベントを企画したり、世界理解と平和の推進におけるクラブの取り組みを象徴するようなイベントを開催します。都市の平和および安全な地域社会と学校に関連する問題についての討論会を開きます。
  4. 平和に焦点を当て、紛争の仲裁と解決の機会について話し合います。
  5. 地元団体と協力して、地域における平和と紛争予防のための合同推進プロジェクトを実施します。
  6. ローターアクター、インターアクター、青少年交換学生、RYLA参加者を招いてフォーラムを開き、毎日の生活の中で平和を推進するよう呼びかけます。
  7. 非行による暴力やいじめなど、争いの原因に青少年が対処できるよう支援する方法を話し合い、アイデアを交換し合います。
  1. 国際姉妹クラブによる協力関係を結びます。
    海外のロータリー・クラブと関係を結ぶことによって、世界理解と平和を推進します。双子クラブによる協力を通じて、政府や市民の緊張状態にある国家間の壁を取り去ります。既に他クラブと双子クラブの関係を結んでいる場合、2国間の平和的関係を推進するための合同プロジェクトを実施します。
  2. ロータリー平和フェローを推薦します。
    ロータリー平和センターに留学するフェローは、日々の生活やキャリア、奉仕活動を通じて、国家間または国際的な協力と平和を推進し、紛争解決に貢献する将来の力強いリーダーとなる人たちです。
  3. 紛争の根底にある原因に取り組む奉仕プロジェクトを支援します。
    紛争や戦争の根底には、感染病、非識字、飢餓、貧困、天然資源の不足といった理由が潜んでいます。地域に存在するこうした問題に取り組むプロジェクトを計画したり、国際プロジェクトで他国のクラブと協力します。

2012-13年度私はRI会長としてロータリー世界平和フォーラムを開催した内容はつぎのベルリン(ドイツ)でのテーマは国境のない平和にしました: 2012年11月30日~12月2日 平和を築き、国際理解と協力において人々が相互にかかわり合う機会を推進する上での、民主主義の役割を考察しました。また国家間の理解を促進する上での国際共同委員会の功績と役割を紹介しました。

ホノルル(米国ハワイ)でのテーマは平和にいたる緑の道としました:2013年1月25~27日平和の前提条件として、人類が共有する環境資源の保存と保護、および自然災害の影響の緩和の重要性に焦点を当て、新世代を中心に、若者たちによる平和のビジョンを育んでいくことに焦点を当てました。

広島(日本)でのテーマは平和はあなたから始まるにしました: 2013年5月17~18日私たち一人ひとりが日々の生活や地域社会での活動で平和を推進する方法を考察し、未来志向のこの会議では、一人ひとりが今後何日、また何年にもわたりどう貢献していけるかを、参加者に問いかけました。

私は、RI会長職を担う前から、ロータリーの奉仕は平和につながると理解していました。しかし、これは抽象的な理解であり、その関連性を実際に確かめたものではありませんでした。

「百聞は一見にしかず」と言うことわざがあります。この論理ですと、私は、この一年間、多くのことを学ぶことができました。自分の目で、ロータリーの活動を見たことで、ロータリーを頭で理解するだけでなく、心でも理解することができました。

ロータリーの皆さまは、職業訓練プログラムを提供したり、子供の遊び場を修理したり、他クラブとの協力で水のポンプをアフリカに設置するなどの活動に参加していても、平和の構築に直接関連性はないと思っているのではないでしょうか。

実は、このような活動を実施することこそが平和構築につながるものです。なぜかと申しますと、戦争は、生活のために日々苦闘しなければならない環境で起こり、社会から取り残され希望が持てない生活の中で起こり、生活の基本であるべききれいな飲み水、食べ物、医療や教育などを得ることができなく、これ以上失うものはないという絶望感の中で起きるのでだと思います。

私たちは、ロータリーの活動を通して、過酷な生活状況を少しでも和らげます。また、私たちは、手を差し伸べて、思いやりを示します。

過去数年間、私は、ロータリアンが力を合わせれば平和を築くことができる実例を見てきました。

平和は、同じ目標に向かって人々が協力すること、つまり、コミュニケーションを取り、力を合わせ、互いの観点を理解しようと努めることによって実現できます。

「平和」にはいろいろな解釈があります。国家間の平和もあれば、国内での平和もあります。地域社会、家庭、そして心の中の平和もあります。

「平和」をどのように定義するにしても、私たちは奉仕を通じて、平和をもっと現実に近づけることができます。

また、「超我の奉仕」を通じて、世界を違った目で見るようになります。隣人の問題は自分の問題です。地元レベルの問題も、次第に大きな対立へと発展していきますから、地元の諸問題を解決できるよう支援します。また、問題に対して平和的な解決策を見つけられるよう援助します。

共通の目標の下で、協力への意志と能力があれば、すべてが変わります。私は、これをロータリーの奉仕で何度も見てきました。多くの国から集まったロータリアンが、一つのプロジェクトで協力します。国同士の関係が良好でも、緊迫していても関係ありません。ロータリーの親睦の下、ロータリアンが一緒に奉仕をするときは、ほかのすべてのことは二の次です。

平和は、異文化間の友情という、小さくても素晴らしいことから始まります。平和は、寛容の姿勢というシンプルなことから始まります。平和は、人はみな自分だけでは生きられないということを認識し、世界をよりよい場所にしようと決意することから始まります。

ポール・ハリスがロータリーを創設した111年前、ロータリーというコンセプトは多くの点で、それまでにない要素を含んでいました。ロータリーの中心的な理念の一つとして、人々のあいだの壁を取り除くというものがありますが、これは、最初のロータリー・クラブの例会で決められました。そして、ロータリーでは、肩書ではなく、名前で互いを呼び合います。なぜなら、ロータリーでは、みな友人だからです。

若くても高齢でも、ロータリアン、ローターアクター、インターアクター、青少年交換参加者のいずれであっても構いません。ロータリーの目標は、人々を結集させることです。このことは、私たちが共通の土台に立っていることを意味しています。

最も重要な人物、それは、最もお金を稼いでいる人物ではありません。最も重要な人物とは、誰よりも支援の手を差し伸べることができる人です。

1975年にロータリーへ入会した当初、それから私の人生がまったく違った方向に向かっていくとは、思ってもみませんでした。

ロータリーに入るまで、私の人生観はとても狭いものでした。貧しい家の8人兄弟の4番目として生まれた私を取り巻く人たちも、ほとんどが貧しい境遇にいました。

週に一度、母と私は、市場まで往復40キロの道を、歩いて野菜を売りに行きました。日本人以外の方々とは、一度もお会いしたことがなく、あの村が私の全世界でした。ですから、私はいつも、旅することを夢に見ておりました。遠くの町や国を夢見ながら、どんな所なのだろうと想像したものです。それ以来、幸いにも、頻繁に旅をする機会があり、自分で思いもよらないほど、世界のあちこちを見ることができ、それは既に200回以上にも及びます。しかし、ロータリーでの経験ほど私の視野を広げてくれたものはありません。

ロータリアンになるまで、私の目に入っていたものと言えば、仕事、家族、顧客、競争相手など、身近なものばかりでした。旅に出ても、お決まりのものしか見ていませんでした。その背景にあるもの、自分と関わりがないと思うものには、気にも留めていませんでした。しかし、私はある日、推薦を受けて八潮ロータリー・クラブに入会しました。それから2年後、ある方が例会に来て、職業奉仕についてお話をしてくださったのです。

私は、その日から自分の考え方が少しずつ変わっていきました。収入や、売り上げを増やすことや、自分の会社をほかの会社よりも良くすることだけでなく、人として、職業人として、もっとよい、もっと高い目的を持って人生を送りたいと思うようになったのです。そしてそのために、ほかの人たちの役に立つことが、私にとって人生で最も大切だと思うようになりました。さらに私は、どんな些細なことでも、人を助けることがいずれは平和につながることに気づきました。

「平和」というのはよく耳にする言葉です。ニュースでも、日常会話でも良く聞きますし、ロータリーでも頻繁に口にする言葉ですが、私たちは、「平和」とは何なのか、どういうことなのかを、あまり考えることはありません。一番簡単なのは、「平和」ではない状態がどのようなものかを語ることでしょう。つまり、戦争や暴力や恐れることのない状態のことです。飢餓や、弾圧や、貧困を恐れることのない状態です。

また逆に、「平和」を、それが何であるか、どういう可能性を秘めているのかで定義することもできます。そういう意味では「平和」は、発言と選択の自由であり、自己決定の権利であると定義できます。安全で安心できる未来を意味し、安定した社会での人生と家庭を意味するとも言えます。そしてもっと抽象的に言うと、「平和」とは幸福感や心の平穏、静けさであるとも言えます。

ですから、「平和」が何を意味しているのかは、人によって違って当然です。どの定義が正しいとか、間違っているとかということではなく、自分にとって「平和」が意味すること、それがまさに平和なのだと思います。どのような意味でこの言葉を使うにしても、ロータリーでそれを実現することができます。ロータリーは、保健、衛生、食糧、教育などの人々の基本的なニーズに、最も必要とされている)域で応えることができます。そして、友情、つながり、思いやりといった、私たちの心のニーズにも応えることができます。

ですから、私たちが、それほど平和を重視するのは、当たり前かもしれません。日本で軍国主義の台頭の結果を経験した私たちの世代は、自分たちの考え方を変え、平和を選ぶ大きな決断をし、その結果、目覚しい経済発展を目にしました。この決断があってこそ、日本は成長と繁栄を遂げることができたと思います。これによって、次世代の子供たちが安全な暮らしを送り、教育を受け、暮らしを向上させることができたのです。この決断は、日本人の世界に対する見方と、自国に対する見方を根本的に変えました。

日本人は心を開き、寛容を学び、もっと深く世界を理解するようになりました。さらに、平和を選択したことによって、私たちはより前向きな目標に力を注げるようになりました。個人のニーズより、社会のニーズを重視するのは、日本の文化と切り離せない、伝統的な価値観です。2011年3月の大地震と災害後の苦しみを乗り越え、復興に努力できたのも、この価値感があったからではないでしょうか。_これは、日本以外の国々にとっても、良い教訓であると感じております。

他者のニーズが、自分自身のニーズよりも大切だと思え、社会全体のための共通の目標に向かって力を合わせることができるようになれば、世界に対する見方、関わり方、価値観など、すべてが変るようになります。そして何よりも、平和というものに対する考え方が変ります。私は、「奉仕を通じて平和を」という概念に、難しい哲学はないと思っています。私は、哲学者ではありません。

一介のビジネスマンです。ただ、ビジネスマンとしての長年の経験から、私は、事業を成功させるには、顧客の満足を追求する以外にないという結論に達しました。顧客に喜んでもらえれば、事業も成長します。そうすれば私自身も幸せになれる。しかし、それは事業が成功しているからだけではなく、人を幸せにしてあげることができたという認識があるからです。事業においても、人生においても、目標を達成したいなら、まず方向性を定めなければなりません。ロータリーは、RI戦略計画の目標と優先項目を、組織全体のロードマップとする決断を下しました。

2012-13年度には、地区内のクラブにおいて「クラブのサポートと強化」、「人道的奉仕の重点化と増加」、公共イメージと認知度の向上」という、RI戦略計画の3つの優先項目に、一層の力を注いでいただくよう、皆さまにお願い致しました。また、広島、ベルリン、ホノルルで合計9日間開かしていただいた3回のロータリー世界平和フォーラムの推進にも、力強いご協力をお願いいたしました。

参加者の多くがこの推進に関与されるとともに、優先してご出席いただけたことを大変うれしく思っております。ロータリーのビジネスは、利益の追求ではなく、平和の追求です。ですから私たちにとって、報酬はお金を手に入れることではなく、自分の努力によってより良い、より平和な世界が実現するのを見届けることにあります。

世界のロータリアンに「奉仕を通じて平和を」を、ロータリー活動の最重点としていただくよう強くお願いいたしました。また、どのように定義するにせよ、「平和」がロータリーにとって究極の、そして実現可能な目標であることをご理解いただいたと思います。

平和は、協定や、政府や、大胆な闘争だけで達成するものではなく、日常の簡単な方法の積み重ねによって成し遂げるものでありま、世界の地区ガバナーとしての一年間、「奉仕を通じて平和を」の精神をもって、ロータリーの究極の目標である平和な世界に向けて邁進していただいたことに感謝しております。

ロータリーにはたくさんの素晴らしいことがあります。中でも、私がいつも感心することは、ロータリーの旅行で世界中のどの地域を訪れても、先々でまるで我が家にいるかのように心地よく感じることです。

ある朝、私はシカゴの近郊エバンストンのオフィスを出て飛行機に乗り、午後にはメキシコのプエブラに着きました。私の地元、埼玉県八潮市からは遠く離れています。しかし、そこでは何百人ものロータリーアンの皆さまに囲まれていました。お互いをファーストネームで呼び合います。既にお会いした人も、初めて会う人も、皆、我が友と呼べる人たちです。それは皆がロータリアン仲間であるからです。

私はこうした感覚をロータリーで幾度となく体験してきました。何度も体験することですが、その体験をするたびに、素晴らしさに感服するばかりです。毎回、ロータリアンであることの素晴らしさを感じるのです。ロータリーのピンを付けていることをとても誇りに思います。

私は1975年に八潮ロータリー・クラブに入会しました。当初は、自分がまさかロータリーのリーダーになるとは思ってもみませんでした。その頃は、ロータリーが一体何であるのかもよくわからず、人に勧められるままに入会しました。

最初は、それほど熱心に活動していたわけではありません。むしろ遅咲きといいましょうか… それでもずっとロータリーをやめることはありませんでした。それは「超我の奉仕」という理念に共感していたからです。人を助けて、自分も幸せになる、もっと満足する、役に立つ、というのは素晴らしい生き方だと思いました。

しかし、入会当初の頃は活発に奉仕を行っていたわけではありません。毎週、例会に出席し、友人と会い、卓話を聞いていました。財団にも寄付を行っていました。その頃の私は、ロータリアンとはそのようなもの、ロータリーとはそういった活動をするところなのだと理解していたのです。

それから5年後のことです。クラブ会長となるはずだった方が、その役を辞退したいと言い出しました。これはクラブにとって一大事でした。そこで、私が代わりを務めてほしいと頼まれました。これもあまり乗り気ではありませんでしたが、クラブが困っているのを見て、断れませんでした。それで引き受けたのです。

私は、何事も全力を尽くすのを理念としておりました。会社経営でも、靴磨きでも、どんな仕事であっても、最高の仕事をするに値すると信じております。

ですから、クラブ会長になる限り、誰にも負けないクラブ会長になろうと思い、懸命に会長の仕事をしました。いつも毎週火曜日には誰よりも先に例会や活動場所に来ては、最後まで残りました。さらには、私のクラブから初めて参加者を募って、ロータリー国際大会に参加することにしました。

その年は、ロータリー創立75周年でしたので、盛大な国際大会が、ロータリーの誕生の地、シカゴで開催されました。

皆さまもご存知だと思いますが、日本では、グループを組んで旅行するのが典型的です。ですから、クラブの会員たちを誘ったところ、それまで国際大会の経験者が一人もいなかったその小さなクラブから、結局10人のロータリアンが大会に参加しました。国際大会での体験で、私は変わりました。私と一緒に参加したクラブ会員も、そしてクラブ全体も変わりました。

そこで初めて、ほかのクラブが素晴らしい奉仕活動を実行していることを知って、ロータリー・クラブの可能性に目覚めたのです。私たちのクラブは、正直に言ってそれまでは、あまり活動をしていませんでしたが、それが普通だと思っていました。しかし、ほかのクラブを知って、自分のクラブの活動がいかに乏しいかが分かりました。

私たちのクラブよりももっと小さくて、限られたリソースしかなくても、さまざまなプロジェクトを展開しているのを目の当たりにしました。そして、私たちロータリアンはどうあるべきか、何をできるか、改めて考えるようになったのです。

それと同時に、ロータリー・クラブが持つ力も理解することができました。ロータリー・クラブは単なる地元の団体ではありません。本当の意味で国際的な組織の一員なのです。

国際大会を機に、私たちがどのように変わったかを一語で表現するなら、「野望」という言葉がふさわしいでしょう。国際大会に参加して、奉仕の「野望」を抱くようになりました。私たちには、もっとできることがあるのだ、さらに、もっとやりたいと思うようになったのです。ロータリーの活動を通じて、どれほど重要なことができるのかを理解し、そのために全力を尽くそうと思うようになりました。

私たちを変えた国際大会から、早くも41年が経ちました。八潮クラブの会長エレクトであったあの頃から、ついに国際ロータリーの会長までさせて頂きました。

数年前、ロータリーのスタッフと次年度の年次テーマについて会議をしました。そのような会議では、ほかの方の発言の内容を細かく理解し、自分の発言もはっきりと伝えることが大事ですので、コミュニケーションを円滑にするため、通訳を付けます。私が日本語で言ったことを、通訳が英語に訳してくれます。そうすることで、気持ちよい、充実した会議にすることができるわけです。

これは、私にとってロータリー奉仕の真髄です。最大限の努力を払い、自分自身の限界にチャレンジすること。自分のためでなく、人のために懸命に働くこと。そして、人々の生活を改善するために、できる限り多くのことを達成することです。

ロータリーは、さまざまな方法で人々のために活動していますが、「ロータリーとは何か」「ロータリーはどんな活動をしているのか」と聞かれることがあります。

それに対して、何から話すべきか迷うこともあるでしょうが、答え方はさまざまです。

ポリオのない世界まで「あと少し」となるまで、ロータリーがどれだけの活動をしてきたか、ポリオ・プラスの話から始めることもできます。

東日本大震災の発生後、世界中の人々から支援や励ましの言葉をいただいたように、ロータリーの災害救援活動について話すこともできます。

世界各地の人々に健康、安全、教育、希望を与えてきた奉仕プロジェクトの一つを紹介することもできます。

ロータリーについていろいろな紹介の仕方があるでしょう。しかし、そのロータリーのストーリーはどのように終わるでしょうか。

私は、ロータリーのストーリーには終わりがなく、むしろ果てしなく続いていくことを願っています。これまでロータリーの活動の歴史が111年間築かれてきたように、これから何世代にもわたってロータリーの歩みが続いていくことを願ってやみません。

ロータリーの終局的な目標は人権を基盤とした民族や男女、地域において差別のない世界そして宗教の自由です。そして世界でよいことをしながら平和を築いていくことだと思います。

国際ロータリーの会長は、各地を訪問し、さまざまなプロジェクトを見学し、多くの方々に会います。したがって。常に自分がその場で果たさなければならない行事だけでなく、次のスケジュールも念頭にいれて行動しなければなりませんでしたので、非常に忙しい思いをしました。

このような繁忙な時間を過ごしていますと、毎日の体験を思い起こす時間さえありませんでした。しかし、今は、八潮市での生活に戻り、クラブ例会に出席し、プロジェクトに参加する時間もできました。そして、今まで見聞きしたことを、振り返って考える時間を持てるようになりました。

平和は、一人の人間、または一国の政府で成し得ることは無理です。たとえ、その人や政府が多くの努力やリソースをつぎ込んだとしても、平和は成し得ないでしょう。平和は、同じ目標に向かって人々が協力すること、つまり、コミュニケーションを取り、力を合わせ、互いの思いを理解しようと努めることによって実現できます。

「平和」にはいろいろな解釈があります。国家間の平和もあれば、国内での平和もあります。地域社会、家庭、そして心の中の平和もあります。「平和」をどのように定義するにしても、私たちは奉仕を通じて、平和をもっと現実に近づけることができます。

また、「超我の奉仕」を通じて、世界を違った目で見るようになります。隣人の問題は自分の問題です。地元レベルの問題も、次第に大きな対立へと発展していきますから、地元の諸問題を解決できるよう支援します。また、問題に対して平和的な解決策を見つけられるよう援助します。

そして、ロータリーではこのような方法で、111年間、平和の実現のために活動してきました。また、過去32年間では、ポリオ撲滅のためにも共に尽力してきました。ロータリーは大規模で力強い組織です。世界に120万人以上の会員がおり、強力なロータリー財団もロータリーを支えています。しかし、これだけのリソースがあっても、ポリオ撲滅をロータリーだけで達成することはできません。

ポリオ撲滅のためには、資金を集め、認識を高める活動を行うだけでは十分ではありません。ロータリー以外の団体、個人、各国政府とも積極的に協力関係を構築していく必要があります。今日、皆さんの献身のおかげで、ポリオ撲滅活動には多くの国が参加しています。 そしてその結果、ポリオに感染する子どもの数が激減しているのです。

ポリオ撲滅は「あと少し」で達成することができますが、これからも積極的に活動していかなければなりません。 私たち全員がそれぞれの務めを果たし、ポリオのない世界を一緒に実現しなければなりません。ポリオ撲滅がまもなく認定される日が訪れるとき、ロータリーの皆さんのこれまでの粘り強い尽力が、撲滅の達成に結びついたのだという誇りを感じるでしょう。皆さんの継続的なねばり強い努力があってこそ、ポリオのない平和な世界に近づくのです。そのゴールはもう数年です。

ロータリアンは、職業訓練プログラムを提供したり、子供の遊び場を修理したり、他クラブとの協力で水のポンプをアフリカに設置するなどの活動に参加していても、平和の構築に直接関連性はないと思っているのではないでしょうか。

実は、このような活動を実施することこそが平和構築につながるのです。なぜかと申しますと、戦争は、生活のために日々苦闘しなければならない環境で起こり、社会から取り残され希望が持てない生活の中で起こり、生活の基本であるべききれいな飲み水、食べ物、医療や教育などを得ることができなく、これ以上失うものはないという絶望感の中で起きるのではないでしょうか。

私たちは、ロータリーの活動を通して、このような過酷な生活状況を少しでも和らげることができ、また、私たちは、手を差し伸べて、思いやりを示すことができます。どうぞ今後とも皆様と共に世界平和を目指して私たちのできることをお互いに積極的に進めていけることを楽しみにしています。ありがとうございました。