心に残るはなし

 

心動かされるエピソード

MY ROTARY JOURNEY

貧しい韓国人Woojさんはロータリーの国際親善奨学金を貰って米国ミネソタ大学の法科大学院に入学しました。卒業前から、多くの韓国からの移民が米国の法律を知らない為トラブルに巻き込まれているのを知り、彼らの為のノウハウ本を2冊も書きます。でもそれを出版するお金も術もありませんでした。

ロータリーの人脈でミネソタの出版社の社長に会うことができました。でも面会の時間は10分しかないと言われます。 Woojさんは本の出版が多数の韓国移民にとって役立つこと、いかにこれがよい本かを説明しはじめます。

社長を見ると、本を開いていましたけれど、韓国語で書かれているので、逆さま持って読んでいたそうです。ところが突然「これはよい本だから最初の1万部は私のポケットマネーで印刷して君に贈ろう。儲かったら返してくれればいい」と言ってくれたそうです。

Woojさんが「なぜです?」と聞くと「君はロータリーの国際親善奨学生だったと聞いた。それで充分だよ。私もロータリアンでね」と言ったそうです。Woojさんは涙が止まらなかったそうです。勿論代金1万5000ドルは全額返済しました。そして後に自身ロータリアンとなって今では国際親善奨学生の面倒をみているそうです。

My Rotary Journey,Wooj Byunより

希望への力

「ボランティアの父」と言われるアレック・ディクソンの愛した、美しい実話がある。

『ロンドンの下町に、マイコルという16歳になる少年がいた。少年は、自分が不愉快でならなかった。貧乏な家族、見捨てられたように荒れ果てた街。教師にうとまれるほどの低い学業成績・・・、少年は家族や街の人びとを罵り、暴力を振るい、車や店のショーウインドを破壊しはじめた・・・』
その少年に何度も会いに行いったのがあるボランティアコーディネーター。彼はこう語りった。

希望への力

 「たとえどんな人でも、かならず人の役に立つことができるんだ」・・・  「じつは、あなたと同じ年の目の不自由な女の子がいます。その女の子はあなたに、ぜひ水泳を教えてほしいといっているのです」
 少年の心は少し動いた。目の不自由な女の子が、自分を必要としてくれている。しかも、なんと同じ年の女の子なんだ。水泳を教えることくらいなら、自分にもボランティアはできる。
ところが、コーディネーターは、すでに女の子と会っていたのだった。その少女は、目が不自由で、しかも家族が心配するほどの、心が塞ぎがちな性格だった。なぜなら、いつもひとりぼっちで、孤独だったからだ。・・・ コーディネーターは少女に問いかけた。
「じつは、あなたと同じ年の男の子がいるんです。彼は、友だちができずに孤独なまいにちをすごしています。でも、水泳がとっても得意です。あなたは、水泳を教えてもらうボランティアをしてくれませんか」
少女の心も動いた。男の子が心を閉ざし、自分を必要としてくれている。しかも、なんと同じ年の男の子なんだ。水泳を教えてもらうことくらいなら、自分にもボランティアはできる。そのようにして、ふたりは、おたがいにボランティアとして出会った。やがて二人とも、しだいに自分が、他者や社会に必要とされている、かけがえのない存在であることを知っていった、新しい、自分との出会いの始まりだった。』
二人は“意味ある他者”の出現によって、“意味ある自分”を発見することができたのだった。

『希望への力』興梠寛 p51-52よりの抜粋


マザー・テレサの日本でのエピソード

あふれる愛。マザーテレサ

マザー・テレサは1979年ノーベル平和賞を受賞、1981年四月始めて訪日しています。
マザーのメッセージを聞こうと数多くの人が詰めかけたどの講演でもマザーは以下の二つの小さな体験話を語ったそうです。

その一

「家族が十人もいる貧しい家に食べるものがないと聞き、私は托鉢で得たわずかなお米を持ってその家に出かけました。するとその母親は受けとったお米の半分を持って裏の家に持っていったのです。私が、家族が多いのにそんなに少なくて大丈夫なの、ときくと、彼女はニッコリ笑って、でもあの人たちも飢えているのです、と答えたのです。貧しい人のすばらしさです」

その二

マザーは、「愛の偉大さをヒンズー教徒の四歳の子どもから教えられた」とも話した。
「いつでしたか、カルカッタで砂糖が非常に手に入れにくいときがありました。マザー・テレサのところに砂糖がないことを知ったヒンズー教徒の四歳の子どもは、三日間、お砂糖にふれもしなかったのです。
三日後、この子は、母親に連れられて私のところにきました。手に砂糖の入ったビンをもって、たどたどしく、“マザー、ボク、三日間お砂糖食べなかった。だから、これを子どもたちにあげたい。”そこで母親に、そうするように教えられたのですかと尋ねますと、いいえ、マザー、この子はある日帰ってくると、突然、“あのね、マザーのところにお砂糖がないんだ。ボクのをあげたい”っていうんです。
これは小さな行為です。しかし、大きな、豊かな愛、痛い愛です。そして、大切なのは、物の量より愛の量だ、というのをこの子は、私に教えてくれたのです」


(この二つの話は『マザー・テレサ あふれる愛』沖守弘著 からの引用)


マザーの言葉を同時通訳していた通訳者もまた涙を流しながら通訳していたと友人から聞きました。

人を謙虚にする奉仕・社会貢献活動

アメリカのある友人は夫婦とも熱心なクリスチャンで、自ら起業した会社を次々と売却し、その資金で南米コスタリカに病院を作ったり、南米一体を対象とした貧困対策のNPOを作って活動している。「こういう活動はしていると謙虚になるんだよ」と言っていた。
ボランティア活動に励む他の欧米の友人達からも何度か「自分を謙虚にしてくれる」と聞くに及んで「それは神様が関係しているのかな」など気になっていた。
ロータリーの講演で、元総理大臣夫人でスペシャルオリンピックスを立て直した細川佳代子さんが同種の発言をされたので吃驚した。
熊本県知事夫人時代、重複障害児である8歳の「トモ子ちゃん」を通して知的障害者のスポーツイベントであるスペシャルオリンピックスと出会い、感動的ないつくものエピソードについて熱く、涙しながら語った。
彼女は「知的障害がある子たちは神様からの贈り物。その子の家族や、周囲の人に優しさ・思いやりを教えるために神様から派遣されている。自分もどれだけこの子たちの懸命な努力に涙したことか、障害のある子たちに教えられてきたかわからない。もし彼等に出会わなかったら、もっと傲慢で自己中心的な自分であったと思う」と、知的障害者と接することが「自分を謙虚にしてくれたと」話した。
彼女は1994年「スペシャルオリンッピクス日本」を設立して以来ずっと同活動を支援。まだまだ日本では理解が進んでいないと、数本の映画の製作を断行した。その他「インクルージョン2015」の設立など今でも精力的にボランティア活動に励んでいる

榊原節子のブログ、2015年9月19日より


『最も大切なボランティアは、自分自身が一生懸命に生きること』

最も大切なボランティアは、自分自身が一生懸命に生きること

カメラマンであり、NPOアジアチャイルドサポート代表として20年を超える子ども支援活動の経験をもとに書いた、池間哲郎さんの本のタイトルである。
カメラマンとしてアジア各国のスラム街に暮らす人々を撮影し続け、同時にアジアの貧しい国の最貧の子どもたちに対する支援事業を展開してきた池間さん。 。

マニラの中心部にあり、地元の人でも近づかないトンド地区にある「スモーキーマウンテン」と呼ばれる臭気にみちたゴミ捨て場に日参する。有毒物質にまみれたゴミの山の中で子ども達が少しでもお金になるものを必死になって見つける様を撮影した。彼はある日ここで生涯忘れられない光景に遭遇する。

「いつものように大勢の子どもたちが働く中、4,5歳の男の子がいました。パンツも何も着けていない素っ裸です。足の先から頭のてっぺんまでまっ黒で、爪はめくれて血だらけ、汚れきったからだのあちこちが皮膚病にかかっているのか、膿も噴き出しています。痛ましくてみていられないそんな少年が、ゴミに埋まったブルーシートを取り出そうとしていました。・・・自分の体の何倍もの長さのシートを懸命に引っ張り出そうとしているのです。」
池間さんはこの光景に言葉を失い、そして号泣する。

こんな幼い子どもでさえ、ここまで一生懸命に生きているじゃないか。オレは今までいったい何をしていたんだ・・・」これが運命的な出会いとなり、池間哲郎さんは「生涯、子どもたちを支える運動を本気でやっていこう」と決意する。
今でも池間氏は、フィリピンで、カンボジアで、ミャンマーなどでも誰も行かない危険な場所に赴き、最も貧しい子どもたちのための支援活動を行っている。

日本での講演会に行った。「彼等は本当に必死になって生きている、その姿に”自分はどうだろうか、あんなに真剣に生きているだろうか”と疑問を持った。あの子どもたちは凄いな、と尊敬の目で見つめるしかなかった」と語った。

彼は日本の学校1000校ほどでこうしたアジアの子どもたちのビデオを見せ「生きる力」を伝える。豊かな国の日本だが、イジメ等で心に傷を負った子、荒れはてた教室など、問題は多い。池間さんの見せるビデオや真剣なメッセージに、自殺を思いとどまる子がいる。番長気取りの青年の目にも涙が。「結果として、アジア途上国の子どもたちの命を支えた数よりも、日本の子どもたちの命を支えたことのほうが多いのは間違いないでしょう」と池間さんは言う。


ユニセフ親善大使でもあったオードリーヘップバーンの言葉

“Somebody said to me the other day,'You know,it's really senseless, what you're doing. There’s always been suffering, there will always be suffering, and you're just prolonging the suffering of these children [by rescuing them].’ My answer is, 'Okay, then, let's start with your grandchild. Don't buy antibiotics if it gets pneumonia. Don't take it to the hospital of it has an accident. It's against life-against humanity-to think that way.’” ── AudreyHepburn

「誰かが私に言ったことがあるの。『あなたのやっていることは本当に無意味なこと。苦しみは常にあり、避けられないもの。あなたが(子どもたちを救出していることで、かえって)彼らの苦痛を長引かせているのです。』 私の答えは、『O K 。それでは、あなたの孫から始めましょう。 肺炎になっても抗生物質を買わないで。 事故にあっても病院に連れて行かないで。 それは、命に反すること、人道に反すること』」
──オードリー・ヘップバーン

オードリーの言葉

難病の子どもが伝えた心

難病の子どもとその家族をディズニーランドなどに招待して楽しんでもらう「難病の子どもとその家族へ夢を」という公益財団がある。 米国で設立された「ギブ・キッズ・ザ・ワールド」をモデルに大住力氏が設立した。企業の社員教育を絡ませることで運営を安定させている。 彼は著書の中で難病の子どものこんな心に残る言葉を紹介している。

わたしは、この病気になってよかったと、いまは おもっています。
はじめは、なんで? なんでわたしだけ? って、
とても とても、くやしかったです。
でも、いまは ちがいます。
この病気に、「サンキュー」といいたいです。
なぜかというと、わたしには、こんなにすばらしい家族がいるのだと、
この病気が おしえてくれたからです。
この病気が、家族みんなの やさしいきもちを おしえてくれたのです。
だから、おとうとでも おねえちゃんでも とうさんでも かあさんでもなく
このわたしが、病気になって よかったと、おもっているのです。
わたしは いま とても しあわせです。

これこそが、「生きる」ということであり、「人の美しさ」だと思うと大住氏は言う。

(原文はポプラ社の絵本『わたしはいまとても しあわせです』に収録)


委員長 榊原節子 東京恵比寿RC


副委員長 福井衞 東京武蔵府中RC


委員 舘和博 東京中央RC


委員 森田光一 東京大森RC


委員 木村眞 東京恵比寿RC


委員 森家芳江 東京城南RC


委員 Kristina Sayama Rotary E-Club of Pago Bay Guam


奉仕研究委員会