私のボランティア

RI2750地区のロータリアンが個人として行ってきたボランティア活動の紹介記事です。その後クラブ奉仕に採用されたものもあります。参考にしてください。どんどん原稿を お寄せください。

フードバンクTAMA

東京八王子南ロータリークラブ 神山治之

ロータリアンとして色々な奉仕活動をしてきました。その様な時に「子どもの貧困・生活支援」、「子ども食堂への期待」など、様々なニュースがメディアで取り上げられる機会が増えてきました。その時は漠然と聞き流していました。
実際に八王子でも学生主体の子ども食堂が出来上がり、知人達がお手伝いをしているのを見聞きして、何か出来る事は無いだろうか? と思っていました。

そのような中で、先輩ロータリアンから、日野に同じ思いの人達がいるから会ってみないか と紹介を頂いたのが、現事務局長の芝田氏です。定年にあたり仕事一筋だったので地元・地域に恩返しがしたいとの話の中で「フードバンク」を一緒に立ち上げないか との申し出を二つ返事で答えたのが、平成28年5月でした。翌6月にNPO法人取得に向けて設立総会を開き、9月16日に特定非営利活動法人 フードバンクTAMAの認定並びに法人登記を行いました。

フードバンク

NPO法人取得にむけてその間も任意団体として活動を続けておりました。
フードバンクとは、食品メーカー企業・団体や農家さん、一般家庭の方々から、賞味期限1か月以上ある物を寄贈して頂き、児童養護施設・子ども食堂や社会福祉協議会を経て生活困窮家庭に無償で提供しております。

はちおうじ子供食堂

食料を集めるのが一苦労です。メーカーからは賞味期限が近付いている物や包材不良で販売出来ない物などを送って頂いたり、企業で保管している防災品の入れ替え時に発生する食料品を分けて頂いたりしています。農家さんからは余った野菜やお米等も分けて頂いています。個人の方とはホームページ内の食品寄付を見て送りたい食料品や送り方などをメールでやり取りしています。

何社かの企業では、職員や顧客等から自宅に余っている食料品・調味料などを集める「フードドライブ」を行って頂きその全てを譲り受けています。
カーブス様やJ2町田ゼルビア様などでも「フードドライブ」を行っています。

「もったいない」が「おいしいね!」へ 無駄なく「食を必要とする“1人”のために」お届け出来る様に日々活動しております。
集めた食料品が無駄にならないように、八王子市・日野市・立川市・多摩市・
昭島市・国立市の40余りの施設・団体に手分けして配送しています。もちろんボランティアの方々のお力もお借りしています。

配布先として、児童養護施設、シェルター、自立支援施設、子ども食堂、無料塾などの団体や、社会福祉協議会を通して生活困窮者の個人宅にも届いております。また、夏休み・冬休み・春休みで給食が食べられず体重が減ってしまう子ども達にむけて「子ども支援プロジェクト」も行いました。

生活保護受給者の家庭30世帯に、「お米、パスタ、レトルト、缶詰、調味料、お菓子など」を段ボール箱に詰め届けました。休みの間を少しでも楽しく過ごせる様に小さな一歩を踏み出しました。
行政とはそれなりの距離感を保ちつつも、社会福祉法人日野市社会福祉協議会様とは連携協定締結式を行いました。
2018年6月に第3回目のシンポジウムも開催します。地域の方々に現状を理解して頂き、「地域の子ども達を地域で育てる」お力を分けてもらえれば助かります。

フードバンク

全国フードバンク推進協議会にも参加しております。全国のメンバーとも連携しており、各地域で活動が活発になってきております。
出来る人が出来る時に出来る事を無理なく続けていければ世の中もっと良くなりますね。

特定非営利活動法人フードバンクTAMA 理事長 神山治之

http://foodbank-tama.com/

聖フランシスコ子供寮とのご縁

東京田園調布ロータリークラブ 冨倉進

聖フランシスコ子供寮(児童養護施設)との繋がりは、18年前に遡ります。2-18歳の子ども達を預かる子供寮の責任者・釘宮シスターと面談する機会を持ったのがきっかけです。DVや育児放棄を経験した子ども達も多く、資金的にも厳しい現状を知って、何とかしたいと思いました。翌年から毎年11月に行われるバザーに皆から集めた20万円を寄付、知り合いの不動産オーナー達にも不用品の供出を募ってきました。

バザー当日、会社業務は休み、スタッフ全員で奉仕活動をしてきました(準備は2週間前からです)。忙しい思いを強いられますが、地域社会に貢献している気持ちが芽生えて、社員教育にもなっているようです。 それ以外に年2回チャリティーゴルフコンペの収益金を寄付、年4回「鮭の切り身100枚」を3年間届けています。6年前から自クラブ(田園調布RC)でもバザーに参加する様になり、ロータリーが提唱する「I サーブからWe サーブ」の一例かなと思います。

このような熱意が何故生まれたのか、それは乳児院を設立・運営しているフランシスコ修道会、及び釘宮シスターの思いに触れた事が大きいと思いますので、彼女の卓話の一部をここに紹介します。

「久が原聖フランシスコ子供寮」

卓話者 釘宮禮子寮長

本日は、私の頭の中で考えたものではなく、長い間子供達と一緒に生活をした中で子供達から教えられたものをお話しようと思います。

「児童養護施設」は戦前は孤児院と言い、戦争で親を亡くした子供達、飢餓、天災で遺棄された子供達を拾って育てておりました。終戦後、児童福祉法ができ、児童養護施設となりました。現在は、乳児院で0歳から2歳まで、養護施設で2歳から18歳までの子供達が生活しております。東京都では0歳から18歳までを受け入れてよい事になっております。18歳を過ぎると養護施設を出て行きます。

続きを読む…

養護施設は赤の他人が集まって家族になって行く所です。入所してくる子供達は社会の吹き溜まりのようなところがあり、私が施設に来た32年前は母親の蒸発が圧倒的に多く、サラ金地獄、校内暴力で荒れた子供達が養護施設に流れて来た時代でした。次が若年結婚で産まれた子供達、虐待を受けた子供達です。ただ、当時は虐待とは言わず、養育困難、父母離婚、精神疾患と言っておりましたが、中身は100%虐待でした。現在は虐待防止法ができ、通告の義務があります。

子供の変遷は社会の吹き溜まりのような気がします。
人は自分の産まれる場所、時刻、国、親を選ぶ事はできません。入所してくる子供達も親を選んで産まれてきていないのです。恵まれた家庭に生まれてくる子もいれば、そうでない子もいます。ですから社会が子供達を育てていかなくてはならないのです。

人は経験の中でしか生きる事ができません。自分のしていない経験を人にすることはできません。虐待を受けた子供は人に優しくされた事がありませんので、当然人に優しくはできません。虐待を受けた子供が人に優しくする時は、「私はこういう風にして欲しいのだ」という伝達だと思います。

虐待を受けた子供はなかなか人を好きになれませんし、人に優しくできません。子供を「可愛い」と抱く事ができません。虐待を受けた子供が「私は親に抱かれた事がないから自分の子供を抱く事ができないのかな」と言っておりました。頭では自分がされた辛い事を自分の子供にしないと頭では思っているのに、自分がする行動は自分がされたものと同じ事をしてしまうのです。頭と心のギャップに悩み大変な事件が起こってしまうのです。

人は経験の中でしか生きられません。施設に来た子供達は100%親に可愛がられていません。その子達を新しい経験に作り変えていく作業が私達の役割だと思っています。それはとても難しい事です。可愛がられていないマイナスの部分をゼロにしなくてはならないのです。それにはだいたい10年はかかります。「親を恨んでいるけど、産んでくれた事は感謝する」と言ってくれるようになると、成功かなと思います。

子供達が生きて行く力は勝手に備わっているのではありません。生きる力をもらった子供とそうでない子では全然違います。子供が生きていく力というのは、可愛がられた子供だけに備わるように思います。

子供達を親に帰す事はできません。なぜなら家庭は崩壊しています。親に繋げる事はできません。ではこの施設の子供達をどうしようか本当に悩みました。その時、こう思ったのです。子供はお母さんとへその緒で繋がっていて、産まれてくると切りますが、どこかで家族として繋がり、安定しています。ですが施設の子供達はへその緒がない。ではどこへこの子達を繋げていけばいいのか。この子達は人ではだめなのです。施設の職員は代わりますし、私もいつかは死にますし、元々この子達は人を信用していません。この子達は人を超えたもの、神様でも仏様でもいいのです。人を超えた大いなるものにこの子達のへその緒を繋げてあげなければこの子達が寄って立つ場所はないのだと思いました。子供達の心の中に神様とへその緒を繋げてあげる作業を毎日の生活を通じてしてあげないと子供達が生きていける場所はないのだと思いました。

最終的には親を超えて自分の命を生きていく事を私達は目標としています。また18歳になると施設を出て行かなくてはなりません。能力のある子は施設を出ても生きていく事はできますが、そうでない子はなかなか生きていくのは難しいのです。そこで、修道院が70周年記念の時に18歳以降の家(子供寮)を建てました。色々な方のお陰で子供達は学校へも通えています。自分達が受けたものをお返ししたいと子供達は思っています。そういう気持ちが子供達の中に育っていけばいいなと本当に思っております。

品川水上消防団特殊技能班結成

東京品川ロータリークラブ 伊東 堅

「日本は海に囲まれ、山から流れ出る川や運河を通して発展して来た国でありますが、地震や災害が多い国でもあります。

災害が起きた時、活躍する消防団が各町にはありますが、東京には水上に特化した消防団組織がありませんでした。その様な中、模索をして出来たのが水上を主な仕事場としている屋形船や遊船事業者で結成された、品川消防団水上特殊技能班です。業務優先の中、通常の訓練には多く参加できませんが日頃の業務の中で培った技能を生かして、海や運河での活動を行っております。

遭難者救助の出動要請や勤務中の遭難者遭遇に於いても迅速に救助を行い、数名の人命救助を行い、消防総監賞を頂きました。

今後、少子化時代を迎え地元住民だけの消防団組織では街を支える事が出来なくなってくるのではいかと思われます。弊社社員と近隣の同業者に理解を求めこの水上特殊技能班組織が出来ました。地域の為にも日中、街に勤務している法人社員と町民がと一体となった法民一体となった消防団組織の必要性を感じております。

「一般社団法人TUコモンズ夢のアトリエ」のご紹介

東京城南ロータリークラブ 小澤 晴夫

「一般社団法人TUコモンズ夢のアトリエ」は、夢を抱きながらもその実現のための機会に恵まれない人のために、夢の実現に向けて一歩踏み出すための背中を押す機会を提供したいとの思いから2016年に設立された非営利の一般社団法人です。

主な活動範囲としては、①もの創り支援、②人材育成支援、③社会奉仕活動を行っています。

最近の活動事例として下記の2事例を紹介させていただきます。添付の資料も是非ご覧ください。

① 東京マラソン・チャリティ・ラン

東京マラソンに参加するには、通常十数倍とも言われる倍率の抽選に当選しなければ出走することができません。 当法人では、一般抽選枠以外のチャリティーランナー募集(10万円以上の寄附により 参加資格を得られる枠)という参加枠を活用し、”手助けを必要としている 子供たちのために42.195kmを走れば、寄附金は当法人が支援することとしました。募集最大20名です。

② New Stars Contest by challengers’ live

将来のプロミュージシャンを目指す人たちに演奏の場と作品をCD化する機会を提供し、一歩前に踏み出す機会を創造します。

一般社団法人TUコモンズ夢のアトリエ

〒150-0011
渋谷区東3-11-15 ストークT1
TEL 03-6452-6520
http://www.yumenoatorie.co.jp (工事中)

NPO活動の延長としての「ミンスクの台所」

東京恵比寿ロータリークラブ 山岸 実
ミンスクの台所

17年前にこれからの日本を考え、外国人の力無くして維持発展は難しいと思い、
日本で働きたい人に日本の労働事情、国内問題から入国に際してどのような手続きが必要かを発信する国際協力情報センター(NPO法人)を作りました。

メンバーとして公務員の人、洋服工場を内外に持っている人、餃子チェーンを持っている人、行政書士の人、日本語学校の経営者等様々な人がこのボランティアに参加しました。

インドのように国が資格を出している様な国の人は入国も就業先もスムーズです。

しかし、日本語学校の経営の人のお話によると、その他多くの国の人々は、日本でいろいろな事情を抱えながら2年間勉強して日本語は完全にマスターしても就業も出来ず、みすみす有能な人を国に帰すだけとなるため、これから日本へ来る人への援助も大事だけれど、いま日本で頑張っている人への援助が優先されるべきではないでしょうかということでした。

その当時、入国管理局の審査は非常に厳しく、例えば日本人に出来ないことを出来る人、その仕事で月額25万円以上を報酬として受け取れる人、大学を出ている人、関係する業務に10年以上勤務経験がある人等の要件を満たしてはじめて在留資格としての人文知識・国際業務の申請資格がありました。つまり一般の日本人には出来ない思考方法や感受性を持った人で、私共の企業が行っている飲食業や物販業を軸としてその国の文化、教育、観光案内、通訳が出来る人です。

その条件に合う人にベラルーシの人がいました。そこで “ベラルーシの家庭料理の店 ミンスクの台所 “というレストランを作り、大使館とともに家庭料理で文化発信をすることになりました。11年を過ぎたころ永住権も頂きました。また日本ベラルーシ友好衆議院議員連盟もこのレストランから生まれました。旧ソ連邦の大使はもとよりアメリカの大使まで来られるようになりました。マスコミ等でも取り上げられ、信頼と友情をもらい、お陰様で営業も繁盛店として15年となりました。

胡蝶蘭の栽培による知的障害者の自立に向けて

東京愛宕ロータリークラブ 那部智史

私が代表をしているNPO法人AlonAlonは知的障害をもっている方々に胡蝶蘭の栽培を教えて、栽培した胡蝶蘭を企業の祝花として販売することにより自立を促すという活動をしております。

広島市こども療育センター

CSR(企業の社会的責任)を重要視している上場企業を中心に販路を拡げ平成29年2月現在の取引企業は523社、平成29年度の売上は1億円を見込んでおります。また、胡蝶蘭の温室は群馬県の600坪に加え新たに千葉県に200坪建設する予定です。

かつて日本の障害者雇用の大きな担い手は、町工場や商店などの中小零細企業でした。町内のコミュニティーのなかで自然と障害者雇用は進められてきました。しかし中小零細企業を取り巻く経営環境は年々厳しくなり、次第に大企業による義務雇用の割合が多くなってきました。これにより、統計上の障害者雇用は大きく伸び(身体障害者が積極的に雇用)ましたが、知的障害者の雇用環境は依然として厳しい状況が続いております。
就労可能な知的障害者の全国平均工賃は月額14,190円、時間額平均でわずか176円です。このような所得では障害者が成人後に支給される障害者年金を加えても日本国憲法第25条にあるような「健康で文化的な最低限の生活を営む」ことは非常に難しい状況と言わざるを得ません。

今後も後継者不足となっている農業を中心とした1次産業が知的障害者の自立を実現できる職域として全国に拡がることを目標に活動を行って参ります。


https://www.alon-alon.org/

国際ローンテニスクラブ(I.C.)

東京神宮ロータリークラブ 吉井栄

私が関係しておりますテニス界においての社会貢献の件をご説明いたします。
この団体の本部は英国ウィンブルドンに位置しており、テニスを通じて
①国際間の交流、親睦を深める役割、
②最高水準のスポーツマンシップスピリットの推進、
③恵まれない境遇にいる子供達にテニスを通じて自信、チームワークの大切さ、尊敬心を教えます。

スローガンはLearn to play-Play to lean です。

国際ローンテニスクラブ(I.C.)誕生の歴史

約90年前、当時国際的に著名なイギリスのテニスジャーナリスト、ワーリス・マイヤース氏が、“テニスマンによる国際交流と、より一層のテニスの発展”を目的とした集いを提唱し、1924年11月26日 「イギリス国際ローンテニスクラブI.C.」が誕生しました。そして5年後の1929年、フランスが有名な“四銃士テニスプレーヤー”コシェ、ボロトラ、ラコスト、ブルニヨンの活躍を契機として、イギリスに次いで“フランス国際ローンテニスクラブI.C.”を創設致しました。

以後、第2次世界大戦前までにアメリカ、オランダ(1931年)、チェコリパブリック(1933年)、スウェーデン(1937年)が、それぞれ自国のテニスマンたちによりI.C.の名乗りを上げましたが、国際的な拡がりは1947年以後、テニスの本格的な充実が世界各国に及ぶに至って飛躍的に発展し、現在で40ヵ国が、それぞれのI.C.を設立しています。また、各国I.C.は定められたシール(ロゴ)を、各国それぞれに認められたストライプのネクタイを会員のシンボルとしております。

以下がJAPAN ICのウェブサイト並びに英国本部のサイトとなり活動報告も載せてありますので是非ご覧になってくださいませ。

IC JAPAN: http://www.icjapan.org/

IC 本部: http://www.ictennis.net/

吉井栄
IC JAPAN
名誉幹事

難聴の子供達にきこえやすい環境を届ける
~きこえのあしながおじさんプロジェクト~

東京世田谷ロータリークラブ 中石 真一路

声や音を聞くことは、人間が生きていくために非常に大切なことであり言語を獲得することにも深く関わっています。

しかしながら日頃生活をしている中で「突然聞こえにくくなる」ことや聞こえにくいという状況を想像できる方はほとんどいないと思います。

聴こえにくくなったら補聴器をつければいいのでは」とお考える方もいらっしゃると思いますが、環境により改善が十分ではない場合もあります。

「聞きやすい環境を作る」ことを、聞こえにくい人たちだけにゆだねるのではなく、声を発する側でも取り組むことが必要であると感じ、3年に亘る研究に末卓上型対話支援機器を発明いたしました。

ただ、多くの学校では特別予算の獲得に時間を要するため、利用したくてもできません。NPO法人日本ユニバーサル・サウ ンドデザイン協会は当該機器の開発及び学校への提供の際の資金援助のために作られまた。皆さまも是非活動にご協力いただき、「きこえのあしながおじさん」になっていただけたら幸いです。

ぜひ卓上型対話支援機器comuoon(コミューン)寄贈に関するの製造費の一部をご支援いただき 難聴の子供たちの「聴こえのあしながおじさん」になっていただけないでしょうか。

NPO法人 日本ユニバーサル・サウンドデザイン協会
理事長 中石 真一路
http://u-s-d.jp

広島市こども療育センター
Taipei school for the Hearing impaired 寄贈式

写真は、広島市こども療育センター 、Taipei school for the Hearing impairedにての寄贈式、ブータン王国ワンセルろう学校にての寄贈式、ブータン王国ワンセルろう学校の生徒さんが聞こえてびっくりして驚いている光景です。

ブータン王国ワンセルろう学校 寄贈式 
ブータン王国ワンセルろう学校

起業家を育て共に歩む貸しビル業

杉並ロータリークラブ 大橋吉隆

昭和49年、26歳の時、父が病に倒れ、「後は全て任せるから」、との言葉を受け、斜陽産業であった、住宅資材の流通業から、貸しビル業に転換致しました。

始めるに当たり、日本国民の共有の資産である土地を預かり、貸しビル業として不動産運用をしていく以上、世の中に貢献していく義務が生じたとの認識を持って事業を始めました。

折からの「昭和バブルの勃興期に突入し、10年間程で事業は順調に推移して、基礎が固まりました。

そして以前より意識していた、「自分は何をして、社会に還元すべきか」、と考えた結果、
「志を持つ企業家が増え、活気溢れる社会の創造に寄与すべく、以降、アントレプレーナーのインキュベータービルを目指そうとの思い」を軸に据えて事業の展開を進めて参りました。

正直で、感謝の心を忘れず、意欲的で、しっかりとしたビジョンが描かれていれば、信用状態や経済条件等が劣後していても、積極的に入居して頂きました。

当時は、貸主優位な環境の中、入居テナントと平等な立場で、共に共存共栄を図り、将来への布石として、「客を創り、客を育てる、貸しビル業」を目指しました。

その時大変参考になり役立ったのが、ロータリーの、「4つのテスト」。

その精神に順って、様々な取り決めをさせて頂きました。

私共のビルには、大小50社程のテナントがおりますが、いつも順風満帆な時ばかりでは有りませんでした。

多くの企業が危機に直面されました。しかし、私共との率直な話し合いの中から、再チャレンジを繰り返し、多くの方が立派に成長されました。

又或る時は、私共が存亡の危機に陥った時は、助けてくれたのも、この方々でした。

貸ビル業創業以来40余年、私共のビルで生まれ育った企業のうち約30社が上場を果たし、又多くの企業が大きく成長して社会に羽ばたいていった事は、私のビジネスマン人生の「誇り」です。

何人かの方は、現在ロータリアンとなり、各々のロータリークラブで活躍しております。

ロータリーの理念こそ、私のビジネスマン人生の指針でした。

起業家を育て共に歩む貸しビル業

ロータリーに入会した起業家反後氏と


世界の子供たちを護る会(CRS)

東京恵比寿ロータリークラブ 波多野容子

1996年、経済誌のダイヤモンド社が主催する「ダイヤモンド経営者倶楽部」の交流会の席で、「どこの会社の社訓にも“社会に貢献する”という事項が入っているが、本当に社会に貢献するような事を行っているのだろうか? ともすれば、自分の利益だけを追い求め、環境を悪化させ、大きなスペースを使い、一方的に社会に迷惑を掛けているのが現実の姿ではないだろうか?」という話題が持ち上がり、自分たちのできる範囲内で、社会に何らかの支援活動をして行くべく、当時の経営者倶楽部のメンバー10数人が中心となって、この会をスタートさせました。

世界の子供たちを護る会(CRS)の詳細についてはサイトhttp://www.crs-j.orgをご参照ください。私が会長をつとめ、事務局も提供しています。東京恵比寿ロータリーの柳田一行さん、武田あかねさんも会員です。

世界の子供たちを護る会(CRS)
世界の子供たちを護る会(CRS)

世界の子供たちを護る会(CRS)

1997年から毎年一回チャリティ行事を開催してきました。
(クリスマスチャリティーパーティー・チャリティーゴルフ・チャリティーコンサート

2008年まで行事は数百人を対象に開催をして参りましたが、10数人での手造りでは流石に行き詰まり、現在は毎年帰国される垣見一雅さん(*)を囲んでの小規模報告会を開催、少額ではありますが、垣見さんがネパールで活動される限り、支援を続けていこうと世話人一同で頑張っております。お一人でもこの活動にご賛同いただけます事を心より願っております。

(*)垣見一雅さん
2009年4月「吉川英治文化賞」を受賞
昭和42年以来「ネパールに居住し、住民から寄せられる様々な問題と向き合い、生活の自立を支援」する長年の活動に対して受賞。2015年3月「第11回ヘルシー・ソサエテイ賞」国際部門で受賞。

(さらに…)

1 / 3123