私のボランティア

聖フランシスコ子供寮とのご縁

東京田園調布ロータリークラブ 冨倉進

聖フランシスコ子供寮(児童養護施設)との繋がりは、18年前に遡ります。2-18歳の子ども達を預かる子供寮の責任者・釘宮シスターと面談する機会を持ったのがきっかけです。DVや育児放棄を経験した子ども達も多く、資金的にも厳しい現状を知って、何とかしたいと思いました。翌年から毎年11月に行われるバザーに皆から集めた20万円を寄付、知り合いの不動産オーナー達にも不用品の供出を募ってきました。

バザー当日、会社業務は休み、スタッフ全員で奉仕活動をしてきました(準備は2週間前からです)。忙しい思いを強いられますが、地域社会に貢献している気持ちが芽生えて、社員教育にもなっているようです。 それ以外に年2回チャリティーゴルフコンペの収益金を寄付、年4回「鮭の切り身100枚」を3年間届けています。6年前から自クラブ(田園調布RC)でもバザーに参加する様になり、ロータリーが提唱する「I サーブからWe サーブ」の一例かなと思います。

このような熱意が何故生まれたのか、それは乳児院を設立・運営しているフランシスコ修道会、及び釘宮シスターの思いに触れた事が大きいと思いますので、彼女の卓話の一部をここに紹介します。

「久が原聖フランシスコ子供寮」

卓話者 釘宮禮子寮長

本日は、私の頭の中で考えたものではなく、長い間子供達と一緒に生活をした中で子供達から教えられたものをお話しようと思います。

「児童養護施設」は戦前は孤児院と言い、戦争で親を亡くした子供達、飢餓、天災で遺棄された子供達を拾って育てておりました。終戦後、児童福祉法ができ、児童養護施設となりました。現在は、乳児院で0歳から2歳まで、養護施設で2歳から18歳までの子供達が生活しております。東京都では0歳から18歳までを受け入れてよい事になっております。18歳を過ぎると養護施設を出て行きます。

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養護施設は赤の他人が集まって家族になって行く所です。入所してくる子供達は社会の吹き溜まりのようなところがあり、私が施設に来た32年前は母親の蒸発が圧倒的に多く、サラ金地獄、校内暴力で荒れた子供達が養護施設に流れて来た時代でした。次が若年結婚で産まれた子供達、虐待を受けた子供達です。ただ、当時は虐待とは言わず、養育困難、父母離婚、精神疾患と言っておりましたが、中身は100%虐待でした。現在は虐待防止法ができ、通告の義務があります。

子供の変遷は社会の吹き溜まりのような気がします。
人は自分の産まれる場所、時刻、国、親を選ぶ事はできません。入所してくる子供達も親を選んで産まれてきていないのです。恵まれた家庭に生まれてくる子もいれば、そうでない子もいます。ですから社会が子供達を育てていかなくてはならないのです。

人は経験の中でしか生きる事ができません。自分のしていない経験を人にすることはできません。虐待を受けた子供は人に優しくされた事がありませんので、当然人に優しくはできません。虐待を受けた子供が人に優しくする時は、「私はこういう風にして欲しいのだ」という伝達だと思います。

虐待を受けた子供はなかなか人を好きになれませんし、人に優しくできません。子供を「可愛い」と抱く事ができません。虐待を受けた子供が「私は親に抱かれた事がないから自分の子供を抱く事ができないのかな」と言っておりました。頭では自分がされた辛い事を自分の子供にしないと頭では思っているのに、自分がする行動は自分がされたものと同じ事をしてしまうのです。頭と心のギャップに悩み大変な事件が起こってしまうのです。

人は経験の中でしか生きられません。施設に来た子供達は100%親に可愛がられていません。その子達を新しい経験に作り変えていく作業が私達の役割だと思っています。それはとても難しい事です。可愛がられていないマイナスの部分をゼロにしなくてはならないのです。それにはだいたい10年はかかります。「親を恨んでいるけど、産んでくれた事は感謝する」と言ってくれるようになると、成功かなと思います。

子供達が生きて行く力は勝手に備わっているのではありません。生きる力をもらった子供とそうでない子では全然違います。子供が生きていく力というのは、可愛がられた子供だけに備わるように思います。

子供達を親に帰す事はできません。なぜなら家庭は崩壊しています。親に繋げる事はできません。ではこの施設の子供達をどうしようか本当に悩みました。その時、こう思ったのです。子供はお母さんとへその緒で繋がっていて、産まれてくると切りますが、どこかで家族として繋がり、安定しています。ですが施設の子供達はへその緒がない。ではどこへこの子達を繋げていけばいいのか。この子達は人ではだめなのです。施設の職員は代わりますし、私もいつかは死にますし、元々この子達は人を信用していません。この子達は人を超えたもの、神様でも仏様でもいいのです。人を超えた大いなるものにこの子達のへその緒を繋げてあげなければこの子達が寄って立つ場所はないのだと思いました。子供達の心の中に神様とへその緒を繋げてあげる作業を毎日の生活を通じてしてあげないと子供達が生きていける場所はないのだと思いました。

最終的には親を超えて自分の命を生きていく事を私達は目標としています。また18歳になると施設を出て行かなくてはなりません。能力のある子は施設を出ても生きていく事はできますが、そうでない子はなかなか生きていくのは難しいのです。そこで、修道院が70周年記念の時に18歳以降の家(子供寮)を建てました。色々な方のお陰で子供達は学校へも通えています。自分達が受けたものをお返ししたいと子供達は思っています。そういう気持ちが子供達の中に育っていけばいいなと本当に思っております。